東京高等裁判所 昭和63年(ネ)1473号 判決 1988年8月31日
控訴人
甲野一夫
右訴訟代理人弁護士
菊地一二
被控訴人
乙野ハル子
右訴訟代理人弁護士
早出由男
主文
一 認知無効確認請求に係る本件控訴を棄却する。
二 原判決中、その余の部分を次のように変更する。
甲野春子と被控訴人との間の母子関係の不存在確認を求める本件訴えを却下する。
三 訴訟費用は、第一、二審とも控訴人の負担とする。
事実
一 控訴代理人は、「一、原判決を取り消す。二、控訴人が、昭和二八年二月一〇日長野県諏訪市長に対する届出により、被控訴人に対してした認知が無効であることを確認する。三、甲野春子(本籍 長野県諏訪市<住所省略> 大正九年一月八日生・昭和六一年五月一七日死亡)と被控訴人との間に、母子関係が存在しないことを確認する。四、訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
二 当事者双方の主張及び証拠の関係は、次の「三 当審における主張」を付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
三 当審における主張
控訴代理人は、「認知は、真実の父において非嫡出の子が自分の子であることを承認し、これによって法的父子関係を成立させる行為であるから、控訴人と被控訴人との間に父子関係が存しないのにされた本件のごとき真実に反する認知に対しては、認知者たる控訴人自身もその無効を主張することができるものと解すべきであり、また、訴外亡春子と被控訴人との母子関係の存否については、控訴人は、右春子の夫として、身分上、財産上重要な利害関係を有するものであるから、その存否の確認の訴えにつき当事者適格も確認の利益も有する。」と述べ、被控訴代理人は、右の控訴人の主張を争う、と述べた。
理由
一本件に対する原判決の事実認定は、当裁判所が行った事実認定と一致するので、原判決理由のうち、事実認定に関する部分、すなわち原判決理由中一及び二をここに引用し、次のとおり判断を示す。
二控訴人による認知無効確認請求について
当裁判所もまた控訴人の被控訴人に対する認知無効確認請求は理由がなく、原判決は正当であると判断するが、その理由は、この点に関する原判決理由中三の説示を引用するほか、次のとおりである。
認知をした父又は母は、その認知を取り消すことができないものとされているが(民法第七八五条)、その趣旨は、認知の意思表示に瑕疵があることにより民法総則の規定によりその効力が問題となりうるのは別として、認知は、たとえそれが血縁的には父ではない者がした真実に反する認知であるとしても、その意思に基づいてされたものである以上、認知者によるその取消し(撤回)は許されないものとしたものであり、この故に、民法第七八六条は、認知に対する反対事実の主張をすることができる者を子その他の利害関係人に限定し、この中に認知をした父又は母を含めていないものと解されるのである。このように解すると自然的血縁関係が存しないにもかかわらず、認知によりそれが法律上の親子関係として存続することを容認することになるが、法律上の親子関係は、自然的血縁関係を基礎とするものではあるものの、民法上、自然的血縁関係が存しなければ法律上の親子関係も存し得ないものとはされていないこと、あるいは自然的血縁関係が存すれば必ず法律上の親子関係が存することになるものともされていないことは、嫡出否認制度や認知制度などに照らしても明らかであり、このような点から見ても右のごとき認知による自然的血縁関係の存しない親子関係の存在を容認しても直ちに不合理であるとはいえない。のみならず、右のように解することは、安易な、あるいは気まぐれな認知を防止するとともに、いったんされた認知による法律関係の安定を図る観点からも合理性を有するものと考えられる。そして、控訴人の被控訴人に対する認知は、控訴人が真実の父ではないことを知りながらその自由な意思に基づいてしたものであることは、前引用の原判決の事実認定のとおりであるから、このような認知の無効確認請求を控訴人がすることは許されず、右請求は理由がない。
三控訴人による訴外亡春子と被控訴人間の母子関係の不存在確認請求について
親子関係の存否について争いがある場合において、その確定は、父母と子との間において合一にする必要はなく、それぞれ父子関係、母子関係ごとに別個の法律関係としてその対象とするのが相当であり(最高裁判所昭和五六年六月一六日判決・民集三五巻四号七九一ページ参照)、したがってそれぞれについて独自にその存否の確認の訴えの利益の有無を判断すべきところ、控訴人は、訴外亡春子の夫として、亡春子と被控訴人間の母子関係の不存在について、被控訴人との間においてその確認を求めているのであるが、右母子関係の不存在が確定しても、これにより控訴人と被控訴人との身分関係に何らの影響を及ぼすものではないから、控訴人は、独立の訴えをもって右母子関係の存否について確認を求める何らの法律上の利益を有しないものというべきである。控訴人は、右春子の遺産相続に関し右母子関係の不存在を確定する必要があると主張するが、そのような場合においては、相続による財産上の権利義務に関する限りで母子関係の不存在を主張すれば足りるものと解されるので、その主張は理由がなく、他に控訴人において独立の訴えをもって右母子関係の不存在を確認し、更にはその身分関係の存否に関する効力を第三者に及ぼすべき法律的必要性は見い出し難い。したがって、この点に関する控訴人の訴えは、その利益を欠き不適法であるを免れない。
四よって、控訴人の認知無効確認請求を棄却した原判決は相当であるから、これに対する本件控訴はこれを棄却することとし、次に原判決中訴外亡春子と被控訴人との間の母子関係の不存在確認請求に関する部分については、その訴えを却下すべきであるのに請求を棄却した点において、一部不当であるから、これを変更することとし、民事訴訟法第九六条及び第八九条を適用し、主文のように判決する。
(裁判長裁判官賀集唱 裁判官清水湛 裁判官伊藤剛)